東京 「浅草歴史」

浅草寺発行の月刊誌「浅草寺」の平成18年11月号に浅草寺本堂とご本尊の観音さまについて「お寺の説明」が掲載されています。以下のとおりです。  〜観音堂(本堂)〜 「時は飛鳥時代、推古天皇36年(628)3月18日の早朝、漁師の檜前(ひのくま)兄弟が隅田川より、はからずも一躰の観音さまのご尊像を感得、土師氏が奉安した・・・」浅草寺縁起の冒頭部分である。 この時我々衆生を救うべくご出現なされた観音さまをお祀りするのが、浅草寺の根本のお堂である観音堂(本堂)である。また縁起には、「天より百尺ばかりの金龍が舞い降りて、観音さまをお守りした」とある。浅草寺の山号「金龍山」の由来である。多くの参詣者を迎え続け、観音民衆信仰の中心道場となっているのである。  現在の本堂は、昭和33年(1958)にご信徒の浄財のご寄進により、再建されたものである。   浅草寺ご本尊さまのご示現の後17年、大化元年(645)、上海(しょうかい)上人がこの地においでになり、留錫(りゅうしゃく)され観音堂を建立し、夢告によってご本尊の観音さまをご秘仏とさだめられ、以来今日までこのご秘仏の戒は守られている。本堂内陣の御宮殿内御厨子の中より、観音さまは我々を見守ってくださっているのである。  浅草寺ご本尊の観音さまは、とても慈悲深い仏さまであり、人々の苦しみを見てはその苦しみを除き、願いを聞いては希望をかなえて楽しみを与えてくださる。そのご利益・ご霊験は古今無双であり、ご示現より今日まで、1400年にわたり計り知れぬほどの人々を救われご加護をされてきた。  どうぞ皆様ご参拝下さいまして、合掌して「南無観世音菩薩」とお唱えしましょう。




「東京タワーの歴史」

東京タワー(Tokyo Tower)とは東京都港区芝公園四丁目にある東京地区の集約電波塔である。1958年(昭和33年)10月14日に完成した。一般的に東京のシンボル・観光名所として知られている。設計上は最上部で風速100m、下部で風速80mに耐え、また関東大震災の2倍クラスの大規模地震でも安全とされている。 昼間障害標識として、頂点より赤色(インターナショナルオレンジ)と白色を交互に配した塗装となっている。 地上アナログ・デジタルテレビジョン放送(VHF・UHF)及びFM放送のアンテナとして放送電波を送出する他、東日本旅客鉄道(JR東日本)の防護無線用アンテナや東京都環境局の各種測定器なども設置されている。











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